日本コカ・コーラ株式会社豊浦氏登壇「マーケティングのビジネス貢献をいかに可視化するか」後編

取材記事

2023-02-27

【本記事は2022年10月5日に開催されたマーケティング・スキルデイの書き起こし記事です。】

日本コカ・コーラの重要な販売チャネルである自動販売機と、スマートフォンアプリを連携し、同社の売上やブランド向上につなげている「Coke ON(コーク・オン)」。オンとオフを新しい形で統合した施策として、様々な業界から注目されています。
今回のセッションでは、この「Coke ON」成功の立役者である豊浦洋祐氏が登壇し、同施策がどのようなビジネス課題の解決策として行われ、その効果を可視化しているのかポイントを語ります。
マーケティングにおいて、ビジネス貢献を可視化し、その説明責任を果たすことが次の投資につながり、さらに大きな成果に結びつきます。グロースX取締役COOの山口義宏が、この「ポジティブスパイラル」を回すための秘訣に迫ります。

>前編はこちら
・「Coke ON」を開発した背景とこれまでの歩み
・ビジネス貢献を可視化する
・より納得感のあるストーリーをつくる

 

豊浦 洋祐さん

日本コカ・コーラ株式会社
ジャパン&コリア オペレーティングユニット マーケティング本部 IMX Digital Platforms 部長
2013年日本コカ・コーラに入社。デジタルマーケティング全般を統括。
Coke ONの初期開発からプロジェクトを牽引。2016年にローンチして以降、自動販売機のロイヤリティ施策や、オリンピック関連の様々な施策を実施し、現在では3900万ダウンロードを誇る世界最大級の飲料カテゴリーD2Cプラットフォームに成長。
2021年からCoke ONを含む、日本と韓国のデジタルプラットフォームを統括。

 

ビジネスクエスチョンを翻訳していく

山口:調査対象者のデータがこうだから、全体もこうでしょう…という意味で、貢献金額全体の類推ができるようになるんでしょうか?

豊浦さん:そうですね、実際に「Coke ON」でいくら儲かっているかについて、紐解いていけるかなというふうに思ってます。 まず、もっとも抽象度の高いビジネスクエスチョンは「プラットフォーム全体として費用対効果ってどうなの?」でしょう。答えるには非常に漠然としているし、かなり説明が難しいのですが、抽象度の高い質問はどんどん翻訳していくことで、分析が可能なビジネスクエスチョンになっていくのかなと思っています。例えば「2021年に「Coke ON」がもたらした純増本数は?」と翻訳してみます。さらに「各都市別のダウンロードユーザーが2021年にもたらした純増本数は?」みたいに翻訳していくと、分析できそうな匂いがしてきますよね。

山口:確かにそうですね。

豊浦さん:2016年に「Coke ON」をダウンロードしてくれた方のうち、もちろん一定数は使わなくなる方がいらっしゃるんだけれども、17年、18年、19年、20年、21年と毎年純増本数をもたらしてくれていると分かります。2021年にもたらされた純増本数は、6つの層を重ね合わせた合計の数なんです。

例えば2018年にダウンロードしたユーザーが2021年にもたらした純増本数って何本なんだっけというのを1回調べましょうというのが次のスライドになります。

豊浦さん:数字はダミーで、傾向や雰囲気で見てください。まず、2018年に「Coke ON」をダウンロードしたユーザーが、2021年にもたらす純増購買本数を見積もるために、市場全体で何が起こってるのかを見ます。

トータルマーケティングSCIと書いてある行です。2018年の1年前の2017年と2021年で、コカ・コーラ社製品がどれぐらい買われたのか、まず市場全体を見ます。それが例えばプラス10%だったとします。

同じ分析を「Coke ON」で行います。2018年にダウンロードしたユーザーに絞り込んで、2017年にコカ・コーラ社製品がどれぐらい買われたのか、合わせて2021年にどれぐらい買われたのかを調べると、90%本数が増えていたとします。

山口:はい。

豊浦さん:そうすると市場全体は10%伸びてる、「Coke ON」ユーザーは90%伸びてる、90%引く10%で80%が純増パフォーマンスと言えるかなと思っています。

より説得力のあるストーリーにするために、さらにちょっと分解して見てみましょう。1人当たり購買者の年間購買本数がどれだけ伸びたのか、コカ・コーラ社製品をどれだけの人が買ってくれているのか。要は購買者数の増加効果に分解します。すると、市場全体で2017年に比べて2021年は20%多く買ってくれてるとわかりました。ただし、購買者数を見ると10%減っていました。コロナの影響があるわけです。この結果、本数は20%増えたけど、購買者が10%減っているので、トータルでプラス10%だったというのが左側の説明です。

右側の「Coke ON」ユーザーに関しては、1人当たり購買本数は70%増えているし、さらに購買者数もコロナ禍に関わらず20%増えている。こうした計算で、90%の伸びの説明ができるのです。

山口:なるほど。

豊浦さん:全く同じ分析を、19年にダウンロードした人、20年にダウンロードした人、21年ダウンロードした人…それぞれ分析していくと、純増本数を全部見積もることができます。

元々、「プラットフォーム全体として費用対効果ってどうなの?」という、かなり漠然としたビジネスクエスチョンでしたが、このように説明ができるようになります。

山口:すごく納得して聞いていました。絶対値はわからないですが、グラフの比率が正しいとして、ユーザーの離脱がすごく少ないと思ったんです。先ほど、リテンション施策のグラフを見ると、マンスリーアクティブユーザーが下がったとこでリテンション施策を行い、また持ち上がる…繰り返しながらユーザー数を増やしておられる。Eコマースの世界の常識で考えると、相当に残存率が高いですよね。

山口:さらにユーザーの層が毎年ミルフィーユのように積み重なるということは、それを維持できたら、毎年同じ施策投資しても、リターンは複利で毎年積み上がっていくって考えられますよね。

豊浦さん:まさに、それがプラットフォームビジネスの醍醐味です。ここまで到達するのに5〜6年かかっていますが、年々「Coke ON」がもたらす純増利益は増えていきますので、一旦こういった巨大なCRMプラットフォームを確立できれば、未来のビジネスは見通しが利くなと思ってます。

購買者をいかにリテンションしていくのかはすごく注力していて、いろんなことをやっています。例えば1人1人の顧客の購買パターンを、機械学習を使って分析しています。例えば、ある人が向こう3ヶ月間のうちに離反する確率が1人1人出ているんですよ。

離反する確率がある一定以上の人に対しては「次に自販機で買ってくれるとスタンプ2倍です」みたいなパーソナライズしたプロモーションを提供することで、何もしなければその人は離反してしまうところを、きっちりカムバックしてくれます。

山口:かなり凄いですね。Eコマースのダイレクトマーケティングの手法を自販機チャネルで行い、さらに自販機を越えて、間接効果までもたらしている。メーカーサイドがやってるのは、珍しいですよね。

小売を挟んでしまうと自分たちがIDを持てないから、全体のシェアで知るとか、本数は分かっているけどシングルIDベースの何かが取れてるってのは、ほとんど聞かないです。すごい革命ですね。

チームで成果を求めていく

豊浦さん:マーケターが注力すべき5つの業務ステップとして、今日特に説明させていただいたのが「評価」と「承認」です。まず評価は常日頃すごく考えてるのは厳しく評価すること、中立性をちゃんと担保すること、あとは使える限りのデータを使ってロジカルに評価していくこと、この三つに尽きるかなと思います。

「承認」は、ちゃんと厳しく評価した結果を、合理性とストーリー性を持ってシンプルに説明していくことが全てかなというふうに思ってます。

予算を取りに行くときは、費用対効果がどうなっているのか、分析の確からしさってどうなんだみたいな点も問われますから、厳しく評価して、わかりやすいストーリーを持って承認プロセスを経ます。おのずと、予算を取りに行くステップが非常にスムーズになっていきます。

もちろん戦略、実行は重要ではあるんですが、地味かもしれないけど評価とか承認を手を抜かずにやると、次なる投資に繋げていくポジティブスパイラルに入ることができます。それによって、事業の継続成長を加速することができるんじゃないかと思ってます。

山口:ずっと積み上がっていく絵を見せられたら、投資側は期待しますね。今年組めば、来年さらにドカッと来るんだよね…っていう期待が持てます。豊浦さんがおっしゃるストーリーの中身は開示できないですが、投資を積み増したことで未来のPLが楽になるという期待感を持たせられるシナリオですね。

豊浦さん:まさにそういうことだと思います。

山口:ちょっと質問させていただきたいです。今日お話を伺って、すごくクリアで、わかりやすくて、ロジックが明確でした。こうした分析をやりたいと思った人が身に付けるスキルとして、いろいろ浮かびますが、豊浦さんが特に素晴らしいなと思ったのは、ビジネスクエスチョンの分解です。どうやって豊浦さんは身に付けられたのでしょうか。

豊浦さん:まず、こういった評価ってのは、私個人でやってるわけじゃなくてチーム全体としてやってます。なので、こういった抽象度の高いビジネスクッションをどういうふうに具体的にしていくのかは、チームでいろいろ議論して「こういうやり方だったらいけんじゃないの?」みたいな案を、みんなの知恵と知識を結集させているってところが実態です。なので、僕だけがこんなスマートにやっているということではないですね。

山口:プレゼンしてるのは私だけど、後ろに強力なチームがいるってことですね。

豊浦さん:もちろん、そうです。

山口:基本的には、豊浦さんの長いキャリアの中で…今の役割だけではなく、昔いらっしゃった会社でも、「評価」「承認」のサイクルを回すのは昔から意識があって、積み上げてきたことなんですかね?

豊浦さん:そうですね。5つのステップは、どの会社に属していようが、多分普遍的なものだと思うんですよ。予算をどう取りに行くのかは、マーケターとしての腕の見せ所なのかなと思っています。それを実現していくためには、やっぱり経営層の理解を得るのが、絶対必要条件なわけですね。

経営層が何を求めてるのか、ビジネス的な文脈で彼らのどのレバーを動かすと一番物事が進みそうなのかをまず徹底的に分析しますね。オーディエンスアナリシスっていうんですけれども。承認を取りに行くとき「この人が欲しがってるものは何なのか?」は、徹底的に分析をしています。

山口:オーディエンスアナリシスも、ある種のマーケティングですよね。豊浦さんやチームの考えるビジネスプランを買って投資をしてもらうという意味では、経営の理解が必要じゃないですか。それって自然に身についたのでしょうか?

豊浦さん:「場数を踏んだ」が答えだと思います。やっぱり常日頃から、そういった経営層とのコミュニケーションや接点は多くとっておく。そうするとオーディエンスアナリシスの精度を高めてくれると思っていますね。

山口:豊浦さんがこれだけ丁寧にやられている観点からすると「戦略」と「実行」はすごく丁寧にエネルギー使ってるけど、「評価」や「承認」でエネルギー切れを起こしたり、そもそもリソース配分してない人や会社が結構ある気がしています。

そうすると先ほどの頭の話に戻ってくんですが、「戦略」と「実行」が大事なのは間違いないんですけど、「評価」や「承認」を怠ると、予算が確保できない。この2つがワークしないことのネガティブスパイラルに入ってきますね。

豊浦さん:うん。そうです。

あと、「評価」について1つポイントを挙げるとすると、料理を作ったシェフが、味の評価はしてはいけないという大原則があります。つまり、僕自身が評価をやるというのではなく、しかるべき専門性を持った第三者に評価してもらうってところなんですね。

例えば先ほどのROIの分析みたいなところは、弊社のファイナンスチームと一緒にやっています。彼らが納得するロジックを作って分析しています。市場の評価に関しても市場調査チームと一緒にやっています。要は、自分が作ったものは美味しいって言いたくなるんだけど、そうしたバイアスを1ミリも入れないようにするスタンスが、最終的には評価の合理性に繋がっていくんですよ。

山口:第三者の評価という意味でいうと、戦略と実行の部分は外部のパートナーとや広告代理店が関わるとしたら、実行した人には評価のスキームを含めない、という切り分けもポイントなんですかね

豊浦さん:うん、そうだと思います。

山口:なるほど。ありがとうございました。ちょうどこれで約50分間のセッションになったかと思います。前半の「Coke ON」のお話自体も面白かったですね。自販機チャネルが、こんなに普及している国はないでしょうから。

豊浦さん:全世界の中でも、日本の「Coke ON」の取り組みは、非常に先進的かつ注目されている取り組みになりますね。

山口:ですので、前半の話もこのままもっと深く聞きたいと思うほど面白かったのですが、後半の「評価」と「承認」という下りがすごい面白かったです。効果を体感できるものでしたので、ぜひ受講者の皆さんも近いような取り組みが出来るのではないかと思います。

今日は豊浦さん、長い時間ありがとうございました。

豊浦さん:こちらこそありがとうございました。

 

勝てる組織が実践した“マーケティング”を根付かせる秘訣とは?

コロナ禍をキッカケに、多くのビジネスはデジタル化への対応と組織変革が求められています。しかし、多くの企業から「自社には次期尚早ではないか」「取り入れたいけど推進できる人間がいない」といった声を耳にしています。
そこで本資料では、組織を強くする一つの手段である「マーケティング」を根付かせる秘訣を、事例をもとにご紹介します。