経営視点で語る、グロース戦略と実行力のあるマーケティング組織のつくりかた 「ICCサミット KYOTO 2022 セッションレポート」

取材記事

2023-02-15

9月に京都で開催されたビジネスカンファレンス「Industry Co-Creation(ICC) サミット KYOTO 2022」にて、グロースXのスポンサーセッション「経営目線で解き明かす!グロース戦略とマーケティング組織のつくりかた」が行われました。

登壇したのは、一休 代表取締役社長の榊淳氏と、Strategy Partners 代表取締役社長の西口一希氏。グロースX 取締役COOの山口義宏がモデレーターを務め、マーケティングの基礎力が上がってきた組織が、次の一手としてグロース戦略をどのように打ち立て、実行していくべきなのかについて議論を交わしました。

 

【登壇者】

榊淳 氏

一休 代表取締役社長

1972年、熊本県生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。米スタンフォード大学大学院にてサイエンティフィック・コンピューティング修士課程修了。ボストン コンサルティング グループに入社し、約6年間コンサルタントとして活躍。2009年よりアリックスパートナーズ。2013年一休入社。PL責任者として宿泊事業の再構築を担い、2014年副社長COO就任。2016年2月に創業社長・森正文氏の退任に伴い社長就任。

 

西口一希 氏

Strategy Partners 代表取締役 兼 M-Force 共同創業者 

大阪大学経済学部卒業後、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&G)マーケティング本部に入社。ブランドマネージャー、マーケティングディレクターを歴任。2006年ロート製薬に入社。執行役員マーケティング本部長として「肌ラボ」「Obagi」「デオウ」「ロート目薬」などの60以上のブランドを統括。2015年ロクシタンジャポン代表取締役。グローバル エグゼクティブ コミッティメンバーを経て、ロクシタン外部取締役戦略顧問。スマートニュース執行役員マーケティング担当(日本・米国)を経て、M-Forceを創業。著書に『顧客起点マーケティング』(翔泳社)、『顧客起点の経営』(日経BP社)ほか。

 

モデレーター:

グロースX 取締役COO 山口義宏

 

一休とロクシタン、共通点は「顧客ターゲット」の考え方

山口 グロースXの人材育成サービスを導入いただいている企業から、「マーケティング力が上がってきたタイミングで、グロース戦略とそれを実行するための組織をどうつくればいいのか」という相談を受けることが多くあります。

今日は、多くの企業が抱えるこの悩みをテーマにお二方にお話しいただきましょう。まず、ご自身が関わる組織において、これまでどのようにグロース戦略をつくってきたのかを教えてください。

 

 高級ホテル・高級旅館専門予約サイト「一休.com」を運営する一休に入社して、ちょうど10年になります。この10年を振り返ると、おかげさまで順調にグロースしてきた企業だと思いますので、今日はその裏側を赤裸々に語りたいと思います。

新型コロナの影響によって、トラベル業界は大きな打撃を受けましたが、その中で我々は継続的に成長することができています。というのも、2020年度に政府が打ち出した「GoToトラベルキャンペーン」に、いち早くWebサイトを対応させたことによって大きく利用が伸び、その勢いが2021年度も続いたんです。もしかしたらトラベル業界では、世界で唯一、コロナ禍でも成長し続けた企業かもしれません。

一休が東証一部に上場した2007年からの業績を見ると、2008~2011年は数字が横ばいになっています。たとえば2008年の売上を100として、次の年にその73%しかリピーターとして残らず、新規のお客さんが27%しか入らなければ、翌年の売上も同じ100ですよね。これが、伸びない会社の特徴なんです。

僕が一休に関わるようになったのが2012年。2012年にリピート率が改善し、2013年もそのリピート率を維持したため、新規に変化はなかったものの、業績を伸ばすことができました。

やったことはとてもシンプルで。旅行会社は、売る商品がどこもほとんど同じなので、売り方で差別化するしかありません。僕たちは、そのために2つの工夫をしました。

1つは、高級なマーケットにフォーカスすること。競合がJTBや楽天、リクルートと強大なので、小さなマーケットを狙うことで、企業規模による不利を克服する戦い方を選びました。

もう1つは、ユーザーエクスペリエンス(UX)の改善。たとえば、Webサイトのユーザーインターフェース(UI)やレコメンド、ロイヤルティプログラムなどの改善に徹底的に取り組みました。

 

西口 ロイヤルティを高めリピートを増やすという方針は、私の場合も共通しています。

私は、2014年から社長として携わった、南フランス発の化粧品メーカー・ロクシタンについてお話しします。

ロクシタンの決算を見ると、2011年の上場以降、売上伸長率が100を切らないよう利益を削ってきたことがわかりました。当時のロクシタンは、新商品を年間15回ととにかくたくさん発売することで売上を担保する一方、リピーターを次々と失い、投資効率が悪化し、利益が下がっていました。

なぜリピーターを失ったかというと、顧客がいくらロクシタンが好きでも、「もうこれ以上、ハンドクリームを塗る場所も、ボディソープで洗う場所もない」という状況になっていたためです(笑)。

私がロクシタンに入社してまずやったことは、顧客調査でした。

調査からは、「欲しいけれど、これ以上あっても困る」という離反ユーザーと、「ロクシタンを買ってみたいけれど、何を買えばいいか分からない」という潜在ユーザーがいることがわかりました。

そしてこのうち、「1年以上商品を買っていないけれど、次もロクシタンを購入したい」、「買ったことはないけれど、ロクシタンを購入したい」人が年間の総顧客数を上回るほどいることがわかったのです。これは非常に重要な発見でした。そこで、その方々は、自分向けにロクシタンを購入するきっかけが見つけにくくなっていたので、その人たちに対しては、ギフトの購入を勧めることにしたんです。

一方、リピートしているロイヤルユーザーは23万人いて、その人たちが買っているのは、スキンケア商品だとわかりました。

これらの調査結果から、「ギフトで潜在や離反のユーザーを集客し、その際にスキンケア商品をレコメンドして、リピートを促す」という戦略が見えてきたんです。

自分に使う商品がなくとも、誰かに差し上げるギフトの需要は非常に大きく、また値段を上げても売れるのです。ある程度、値段が高いほうがギフトにふさわしいということで、同じギフトでも2800円より3200円のほうが売れるんです。

ギフトを店舗に買いにきたときに、スキンケア商品のタッチアップを行い、サンプルを持って帰ってもらって、レコメンドするようにしました。さらに、ギフトを受け取った人も興味を持って店舗を訪れてくれるので、そこですかさずスキンケア商品を勧め、リピーターにつなげるというモデルにしました。

 

 お話を聞いていて共通しているなと思ったのは、グロース戦略を立てるときのターゲット顧客の考え方です。

僕と西口さんは、「ヘビーユーザーを増やすのか、ライトユーザーを増やすのか、それとも新規をとるのか」「ヘビーユーザーを増やすとしたらどういう方法があるのか」という考え方しかしていなくて、年齢や性別、年収などをまったく見ていないんですよね。

 

西口 たしかにそうですね。

 

 一休の場合は、ヘビーユーザーを狙いました。2011年の時点で、宿泊のネット予約の市場はすでに成熟しており、楽天トラベルを使っている人、じゃらんを使っている人とユーザーが固定化している中で、新規を狙おうとすると非常にお金と労力がかかります。

そこで、いわゆるリピーターを伸ばすことだけにフォーカスしたんです。なぜ新規とリピーターを切り分けたかというと、新規ユーザーを伸ばすときの施策とリピーターを伸ばすときの施策は、考え方がまったく異なるからです。

 

誰に何を提供するかが決まれば、組織のあるべき姿も自ずと決まる

山口 組織づくりについてもお伺いします。事業をグロースさせるための組織は、どのようにつくってきたのでしょうか。

 

 組織づくりというよりは環境づくりの考え方になりますが、現在の組織の礎になっていることをお話しします。

一休の事業はBtoCで、お客さんの行動はすべてデータになっています。

経営者の仕事で一番大事なのは、顧客を理解することです。ですから僕は、その顧客情報の分析やレポーティングを自分で行い、社員に共有しています。

社長がレポーティングをしているなんて変な会社だと思われるかもしれません。なぜそんなことをしているかというと、社員の皆さんのクリエイティビティが非常に高いからなんです。レポートから「どこで何が起こっているか」という課題さえ伝われば、解決策は社員の皆さんが考えてくれる。それで勝てると信じているんです。

 

山口 レポートを共有し、課題を提示した上で、解決策はそれぞれの社員が考えるのですね。

 

 そうです。インターネットの大きな特徴は、まるで“猫パンチ”のように、細かい施策をすばやくたくさん打てること。ですから、なるべく多くの情報を社員に共有し、「社員が解けるように、課題を明確化する」という環境をつくるというのが、僕の組織づくりの基本的な考え方です。

レポートでは、おそらく多くの企業が見ているであろう売上や粗利益、固定費、営業利益に加えて、訪問者が何人で、予約確率が何%で、その結果売上金額がいくらなのかといった、売上に至るプロセスも明らかにしています。

売上を「サイト訪問者数×コンバージョン×単価」という切り口で見るとしましょう。コンバージョン率が下がると大問題になる会社がありますが、僕にとってはあまり問題にならなくて。なぜなら、新規ユーザーとリピーターのコンバージョン率を分けて見ると、10倍以上違うからです。

たとえば集客チームがサイト内で「沖縄観光」の特集を組んで、SEO施策を上手く走らせたら、新規ユーザーが爆発的に増える。すると、コンバージョン率は一時的に下がるんですよ。でもそれは良いことですよね。

ですから、新規ユーザーとリピーターのコンバージョンは必ず分けて見ます。もしもリピーターのコンバージョンが下がっているのなら、それは問題。解約が増えている可能性もあるし、競合がキャンペーンを打っている可能性もある。要因の仮説を立てて、手を打ちます。

 

山口 なるほど。解決策を考え、実行できる人を集めていれば、自然と数字につながるということですね。組織づくりについて、西口さんはいかがですか。

 

西口 組織づくりは、結論から言うとやっていません。というのも、組織づくりを「社員のモチベーションや満足度が高い組織にすること」だと定義すると、僕は大失敗したんです。

ロクシタンに入社したとき、本社から提示された数値目標を達成するためには、かなり急いで手を打つ必要がありました。それゆえ、組織の納得感がないままに、トップダウンでかなり強引に進めてしまったのが、失敗の原因です。

結果的に、従業員の満足度は上がりませんでした。2年連続で売上伸張と過去最高益を達成することができ、店長のインセンティブも満額で支給できたにも関わらず、現場からは不満が続出し、従業員満足度は下がりました。スコアを見たときは、さすがに落ち込みました。

でも、結果を出すための組織はつくることができたと思っています。たとえば、新聞やテレビショッピング番組など、利益につながりにくく、ロイヤルティ向上にもつながっていなかった媒体は出稿をやめましたし、組織も改変しました。

新商品をつくるチームは人数をぐっと絞り、新商品発売の交渉のために私が毎月ジュネーブ本社に行くのもやめました。一方で、ギフト向けの広告や店頭やECのラッピングなどの提案を行う組織を拡充しました。

誰に(WHO)何を(WHAT)提供するかが決まれば、それを実現するための組織の構造が浮かび上がってきます。私は従業員に、それらのつながりを明確に説明せずにやってしまったんですよね…。

 

山口 顧客戦略が決まったら、それに付随して組織の構造やリソース配分も決まるということですね。

 

西口 はい。WHOWHATの組み合わせが決まれば、それを実現するHOWという建物の中に、組織の形も人数もすべて入るという感じですね。

 

山口 なるほど。組織のことを考えるときに、組織を入り口にしないというのがお二方の共通項ですね。

 

「マーケティング」をやめ、商品・サービスづくりにこそ魂を込めよ

 

山口 最後にお聞きしたいのは、組織としてのマーケティング能力の向上についてです。お二方が、「組織のマーケティング力を上げたいが、どうしたらいいか?」という質問を受けたら、どのようなアドバイスをしますか。

 

 マーケティングを、商品をプロモートする機能だと定義すると、僕がこの質問をした方に問いたいのは、「あなたの商品は、お客さんから自然に愛されていますか?」ということ。自然に買われていくような良い商品・サービスを提供しているから世の中にもっと広めるべきだと思っているのか、自社の業績を伸ばしたいことが先行しているのか、どちらなのかを聞きたいですね。

前者だとしたら、そうした質問をするのはわかります。でも、もし後者だった場合には、「マーケティングをするな」というのが僕の本当の答えです。お客さんに自然に愛される、世に広めるべき商品・サービスにするというのが最初のステップかなと思っています。

 

山口 そもそも、顧客満足が得られないプロダクトに投資して、世の中に広めようとしてはいけないという話ですね。

 

西口 そうですよね。やはり、すべてはものづくり・サービスづくりに集約されると思います。「俺はそのへんの石でも売れる!」などと言う人が時々いますが、そんなことを言うからビジネスを間違うのだと思います。

マーケティングという言葉は、企業や人によって定義がバラバラですし、少なくとも経営の意思決定レベルでは、もはや使うのをやめたほうがいいとすら思っています。

先ほどの質問に答えるなら、榊さんがおっしゃったように、お客さんが便益を感じられるものづくり・サービスづくりにこそ命を懸けるべきだとお伝えしたいですね。それで自然と売れるのであれば、究極的には、マーケティング組織はなくてもいいと思います。

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