DXによる企業変革が必要とされている今、注目を集めているのがリスキリングです。リスキリングは、学び直しといわれるように、DX時代に必要とされる新たなスキルを身に付けることです。これは、専門性の高い職種に限ったことではなく、業種や職域、ポジションに関わらず、働く人すべてが対象になります。当記事では、そんなリスキリングの意味や捉え方、企業が取り組むべきポイントについて説明しています。
また、こちらのEbookではリスキリングを進めるより具体的な方法やポイントも解説しています。
併せてご一読ください。
リスキリング(Reskilling、Re-skilling)とは英語で能力の再開発、再教育の意味で使われてきた言葉です。経産省の第2回デジタル時代の人材政策に関する検討会(2021年2月26日)のプレゼンテーション資料※1では
“新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること”
と述べられています。
リスキリングはDX(デジタル・トランスフォーメーション)を進める上で必要なデジタル人材育成の意味として企業間での広がりを見せています。その背景になっているのが、デジタル化による社会変容です。
内閣府は AIやIoTなどの進展によるデジタル化を、第4次産業革命※2と位置づけ、経済活動だけでなく、健康、医療、公共サービスなど働き方やライフスタイルにも大きな影響を与えるとしています。また、デジタル化にともなう人材不足は2030年には最大で約79万人※3に拡大すると試算しています。
デジタル化によってビジネスを取り巻く環境だけではなく業務の進め方も変化し、それに伴って求められるスキルが変わります。これまでになかった職種や役割も誕生することでしょう。そうした理由からもリスキリングが注目を集めているのです。
※1 出所:リスキリング とは-DX時代の人材戦略と世界の潮流-
※2 出所:日本経済2016-2017--好循環の拡大に向けた展望-
※3 出所:– IT 人材需給に関する調査 –
リスキリングと混同しやすい概念としてリカレントやアップスキリンがあげられます。また、アンラーニングという言葉も使われますので以下でそれぞれの意味とリスキリング との違いを説明します。
リスキリングとリカレントはともに、新しいスキルや知識を身に付けるという点では同じです。
リカレントは学び直しの意味で用いられてきた言葉で社会人が自らの意思で大学や大学院、専門学校へ入学して別のスキルを身に付けることを指します。一方、リスキリングは企業が行うデジタル人材教育の意味が強く、ゴールやマイルストーンを明確にしなければなりません。
企業がDXを進める上で必要不可欠であるリスキリングと比べるとリカレントはビジネスだけでなく、プライベートな興味も含む学習の意味で用いられます。
アップスキリングとは継続的に現在のスキルを伸ばす意味で用いられます。例えば、人事担当者がマネジャーになる、SEエンジニアがプロジェクトマネジャーになるなど、同一線上のキャリアパスのイメージです。
リスキリングは前述の通り、DXのような従来知見のないことも含むスキルに関わる人材育成です。汎用的な広いスキルを身に付けることを目的とします。
アンラーニングとは学習棄却と訳され、過去の経験や知識にとらわれず、学びなおすことです。時代にそぐわない考え方や方法にとらわれたままだと変化に対応することが困難です。特にビジネスの世界では、価値観や行動パターンが昔のままでは成果に結びつけるのが難しくなります。
DXの進展では、多くのビジネスシーンでアンラーニングが始まると予想されています。
さまざまな業界で、デジタル技術を使ったゲームチェンジが始まっています。企業は競争力の維持や強化のために早急に変化することが必要とされます。そのキーワードがDX(デジタル・トランスフォーメーション)です。経産省の「DX 推進指標」とそのガイダンス(令和元年 7 月)※4によるとDXは
“企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。”
と定義されています※4。
※4出所:「DX 推進指標」とそのガイダンス
これまで多くの企業はサービスや商品、さらには経営戦略においても改良や改善を繰り返し、存続、成長してきました。それらの多くは連続性を持っていましたが、デジタル技術による変化は別次元であり、これまでとは異なる非連続と捉える必要があります。
例えば、AIによる予測システムやリモートによるコミュニケーションなど、デジタル化によってこれまでにないサービスやコミュニケーション方法が数多く登場しています。
そうしたDX化を自社で進めるには、従来の価値観や慣習に縛られない体制や業務フロー、顧客サービスなどに作り変える視点を持つことが不可欠になります。
例えば、人がしてきた業務をAIにまかせて効率化を進める、非対面サービスを新たに導入するなど、業務の再構築から商品開発やサービスの提供まで、すべてにおいて「デジタル技術を活用する」という考えが求められるのです。
世界経済会議(ダボス会議)では、2018年から3年連続で「リスキル革命」と銘打ったセッションが行われ「2030年までに全世界で10億人をリスキリングする」宣言がなされました。第4次産業革命により数年で8000万件の仕事が消失する一方で9700万件の新たな仕事が生まれるとも推測されています。
リスキリングは一時的なものではなく、DX時代の人材戦略に位置付けることが求められていると言えるでしょう。
例えば、事業にデジタルを組み込むことが当たり前の発想になるなら、企業全体のDX化が加速します。顧客に提供するサービスにもデジタル化の要素を入れる考えがベースになるのなら差別化戦略も変わるはずです。
人がリスキリングにより新しいスキルを身につければ、アナログ発想からデジタル発想へと根本的な変化が起こります。
これまで日本の多くの企業はOJTでの人材育成に取り組んできました。OJTは現場依存型の人材教育で、仕事をしながら業務を覚えて必要なスキルを獲得します。身に付けるスキルには連続性があり、先輩社員の実践をトレースすることが主な目的です。
一方、リスキリングは新たな知識やスキルを身に付けることを目的としているので、カリキュラムを整えて体系的に進める必要があります。
また、リスキリングで覚えたスキルを業務に活かすとしても、OJTでの学びと違い、非連続的な流れとなります。社内で見本になる人が少ないばかりか、教える人がいない、または教えられる人がいても学習内容が限定的になる可能性があります。
リスキリングとOJTは考え方や進め方が根本的に異なります。リスキリングをOJTのみで取り組むとうまく進まないことが多いと考えた方がよいでしょう。
2022年現在では、リスキリングに関しては海外の企業が先行しています。例えばAT&Tは2013年に「ワークフォース2020」を10億ドルの予算でスタートさせ、アマゾンでは2025年までに従業員10万人をリスキリングすると発表しています、ウォルマートではVRを用いた疑似体験による教育や、店舗従業員向けのデジタル機器の操作教育などに取り組んでいます。日本は海外に比べると出遅れた感はあったのですが、新型コロナウイルスの流行を背景に一段と取り組む企業が増えています。
日本でのリスキリングが海外に比べて出遅れた大きな理由のひとつとして、IT導入など、デジタルに関わる業務を外部企業への依存することが一般化していたことです。IT化に関してアウトソーシングが当たり前として捉えられて、ベンダー以外の企業では、社内でデジタル人材を育成する土壌がなかったのです。
しかし、経営戦略にデジタルが不可欠の時代を迎え、これまでとは違い、デジタル人材をアウトソーシングではなく、インソーシングする発想が経営や戦略部門に必要になってきました。
2022年2月に東京都はデジタル人材の育成方針を定めた「東京都デジタル人材確保・育成基本方針」※5を公開しました。
その背景にあるのが、すべての国民がデジタルリテラシーを持つ社会の到来です。
ICTの専門職だけでなく、全領域の職員が役職に応じたスキルを身に付けることで、質の高いデジタルサービスが提供できるとの考えがベースにあります。
方針によれば、デジタル人材のチームビルディングとして高度専門人材、ICT職に加えてリスキリング人材が加えられています。
リスキリング人材とは、デジタルに関する知見を身に付け、高度専門人材やICT職と連携してデジタル化の課題解決にあたることができる人材を指します。このためリスキリング人材の職域は主事から管理監督職まで全領域に及んでいます。一般企業にあてはめると、リスキリングは実務レベルの担当者だけではなく、経営層にまで必要とする考えです。
リスキリングの最終的な目標は、すべてのビジネスパーソンが変革のためのマインドセットを理解した上でデジタル知識や能力を得てそれを業務に活かすことになります。
リスキリングを進めることで知識や意識の変化が生じ、業務の進め方や顧客へのサービス提供にデジタルの視点が加わります。それらによって次のメリットの発生が考えられます。
リスキリングで新たな知識やスキルが身につくと従業員に意識変化が生じます。それが行動に現れると、業務改革も進みます。
例えば、非効率的な業務フローの見直しといった業務効率化など、デジタル化によって解決できる課題はいくつもあります。業務の効率化や省力化が実現すれば、働きやすい職場になり、人材定着も進み企業内に多くのノウハウが蓄積しやすくなります。また、全社的なリスキリングは、社員のモチベーションを高め、進むべきベクトルを明確にするので、意思決定や取り組みのスピード化も促進します。
新しい知識やスキルを社員が身に付けるメリットには、アイデアの創出があげられます。新たなアイデアは、既存のアイデアの組み合わせであると言われますが、リスキリングを通じて、社会の新しい波に乗り遅れることなく、それらを客観的に捉えられる知見があれば、新規事業や経営の改善に役立てられます。こうして企てられた新たなアイデアは、差別化につながる組織変革、機能付加、新サービスの立案なども可能にします。
リスキリングは、自社の人材育成です。つまり自社の優位性や基本的な戦略を知っている社員に行うので、企業文化の継承や既存事業へ活かすことができます。
例えば、デジタル化の提案を丸ごとベンダーに依頼すると、どうしてもブラックボックスが生じます。対処的な課題解決方法は、根本的な課題解決にはなりません。場合によっては別の課題を発生させることさえあります。しかし、リスキリングで知見を得ていれば、判断の主導権を他社に依存することはありません。本質的な課題解決や手段を明確にして事業に取り組むことが可能になります。
デジタル人材の不足から優秀なデジタルマーケターやエンジニアなどの採用は容易ではありません。しかし、リスキリングによる人材育成に視点を向ければ、新規採用に比べて人件費の増加や育成時間など見えるコスト、見えないコスの両方を抑えることが可能です。何よりリスキリングでは、全社的なデジタル知識の底上げにもなり、長期的な視点で高い費用対効果をもたらします。
もともと社内の人間なので業界や事業の理解が深く、現有即戦力として人材戦略上の見通しも立てやすいと考えられます。
リスキリングが従来の人材育成と異なるのは、社内に蓄積したノウハウを伝えるのではなく、DX推進を軸とした全く新しい取り組みであること。そのため、今までと同じような感覚で捉えたり、進めたりすると想定通りの結果が得られない可能性があります。ここでは、リスキリングを進める際に取り組みたいポイントを説明します。
リスキリングの具体的な推進ステップや、注意点などはこちらのEbookでも解説しています。あわせてご一読ください。
eBook「リスキリングを進める4つのステップと推進のためのポイント」
リスキリングは、企業価値を高めるために、すべてのフローを時代に合わせて変化させる取り組みの一環です。最終的な対象者は全社員なので社内の理解と協力体制の構築が不可欠です。
そのためには、まず経営層や各部門のトップが連携してリスキリング実施の意思統一を図ります。その後、全社員に対して、リスキリングの目的や意義を浸透させる施策を打ち出します。
リスキリングでは、全社的なデジタルスキルのボトムアップと知識の共通化を図ります。獲得したスキルのバラツキや学習不足を防ぐには、社員のスキルを可視化しなければなりません。個人の主観的な認識だけではなく、客観的な視点からスキルを判断しなければ、誰がどのようなスキルをどの程度伸ばすべきなのか明確にできないからです。そのためにはスキルのアセスメントを標準化し、属人化しない評価の仕組みを取り入れることがポイントになります。
新しい取り組みやこれまでとは異なる方法を導入する際には、抵抗する人や積極的に参加しない人が現れると想定されます。社内の反発する声を抑えるには「リスキリングは必要であり、リスキリングによって自分の力を発揮し続けられる」ことを明確にします。そのためにはリスキリングで獲得するスキルと使い方を伝え、リスキリング後の姿がイメージできるようにします。活躍の場が増えることや生産性の向上、時短などのメリットもしっかりと示しましょう。
リスキリングで使用するプログラムは、知識の習得だけで終わるのではなく、仕事で実践できるレベルまで引き上げられる要素を組み込みます。そのため基本的に網羅的、体系的に構成されているコンテンツが不可欠です。
また、学習者、管理者双方で共通認識を保ちながら学習が進められるように、学習の進捗や達成度、得意、不得意などを客観的に評価できる仕組みも必要です。
リスキリングで重要なのは、自社や業界固有のスキルだけでなく、より汎用的でベースとなる知識やスキルを獲得することです。
ベーススキルを体系的網羅的に教えられる人材がいなければ、時間とコストを節約する視点から社外リソースの活用も検討します。自社対応を前提とせずに、幅広い視点で社内外リソースを活かしてコンテンツに磨きをかけましょう。
リスキリングで使用するコンテンツには押さえておきたい、いくつかのポイントがあります。ここでは、リスキリングを始めるまでに知っておきたいコンテンツのポイントを説明します。
リスキリングは、全社的に取り組むべき施策ですが、いきなり全社的に展開する必要はありません。ITやマーケティングなど比較的成果が出やすい部門から段階的に進めるのも選択のひとつです。なぜならリスキリングによる学習は短期間で完了するものではなく、社会や業界の変化にも対応しなければならないからです。仕組みやプログラムは、社内外のノウハウを適宜組み合わせて最適化するようにしましょう。
リスキリングはスタートする前に、全社・部門・個人単位で必要な知識やノウハウを定義します。あわせて現状のスキルやレベルも可視化することで、そのギャップを解消することがリスキリングには欠かせません。
そのため、リスキリングのコンテンツは、進捗の数値化や指針、スケジュールなどが明確であることを条件とします。
リスキリングでDXを推進するためにもAIやIoT、デジタルマーケティングなどの新しいスキルのアセスメントをしっかり行い、実践レベルを想定したコンテンツづくりに取り入れましょう。
学習内容を定着させるにはインプットと同様にアウトプットが重要とされます。覚えるばかりで、実際に使うことがなければ、時間とともに忘れてしまうかもしれないからです。学習コンテンツの提供では、覚えるだけでなく、繰り返したり、自分の頭で考えながら例題を解いたりと、インプット、アウトプットができることを前提としましょう。
リスキリングのコンテンツは社員共通の知見を作ることが前提となります。ベースとなる知識が同じであれば、誤解や行き違いが少なくなり、同じ目線でコミュニケーションできるようになるからです。そのためにコンテンツは今だけでなく、将来の学習も踏まえて構築しましょう。DX時代の共通言語で会話できる社内環境にすれば、社内やサービスのDX化はさらに加速し、新しい企業としての変革が起き、アウトプットの質も高くなりマーケットで存在感を示すことも可能になります。
リスキリングは単なる学び直しではなく、企業がDXを進める上でなくてはならない人材教育の考え方です。その対象者は特定の部門や職域に限りません。最終的には経営者をはじめとする全社員がデジタルやAIの知見を得られるようにリスキリングを進めることで企業内に新たな共通言語が生まれます。事業の目的や取り組みが明確になり効率化や生産性の向上にも期待が持てます。
リスキリングを進める上では以下のことを念頭におきましょう。
当記事では、リスキリングの必要性や得られるメリットを中心に解説してきましたが、リスキリングを進めるための具体的なステップや注意点、必要なツールなどは、こちらのEbookにもまとめました。ぜひ併せてご一読ください。