マーケティングの人材育成の組織向けSaaSを運営する株式会社コラーニングに、P&G、ロート製薬、ロクシタン、スマートニュースで活躍し多くのNo.1ブランドを育成した現Strategy Partners 代表、M-Force 共同創業者の西口一希氏が株主・社外取締役として参画しました。
それを記念し、西口氏とシンクロ代表取締役社長で、コラーニング取締役CMOの西井敏恭氏が特別対談を実施。2021年以降、新しい時代にビジネスで勝っていくために求められるマーケティングとDXについて、激論を交わしました。
2人の対談【前編】をお届けします。
西井 今後のマーケティングは、どうなっていくのか。まずは、西口さんのお考えからお聞かせいただけますか。
西口 はい。私は、いまマーケティングと言われている仕事の9割は、将来オートメーション化され、なくなると思っています。そして最終的に残るのは、「考えること」、顧客自身が認識できていないニーズや心理を洞察し、どのような新しい価値、すなわち独自性のある便益を提供できるかを想像し、実際に創り出す部分だけだと考えています。
西井 まさに、ここ10年くらいの出来事だと思うのですが、たとえば、GoogleのGDN(Google ディスプレイネットワーク)のようなデジタル広告は、AIに切り替わりましたよね。過去にあったリスティング広告やSEOの手法論は、あっという間に必要ではなくなりました。
その一方で、AIで最適化されたマーケティングだけで勝てるかと言えば、そうではありません。やはりマーケターのスキル自体も、その商品がお客さまにとって、どのような価値があるのかを考えられるようになっていかなければダメでしょう。ちなみに西口さんは、マーケティングに携わって何年になりますか。
西口 30年以上、経ちますね。
西井 もう大ベテランですよね。30年前にしていた仕事で、今はすでになくなっているものは、ありますか。
西口 たくさんありますよ。私がP&Gに入社した1年目は、まだパソコンが職場にほとんどなかった時代です。当時、私がしていた仕事は、「ニールセン分析」と呼ばれるものでした。
例えば、おむつのパンパースがどれほど売れたか、価格はどうだったか、どこで売れているか、などのマーケット情報がニールセンから2ヶ月毎に電話帳のような厚さの紙で送られてくるわけです。
そのままでは数字で計算ができず、当時はExcelがない時代でしたので、膨大な量の数字データを表計算ソフトのロータスに打ち込んでいました。この打ち込むスピードが重要で、私は半年でブラインドタッチができるようになり、そのときは「これがマーケティングのスキルの一部だと思っていたんです。
西井 なるほど。
西口 そして、その後、数年経ってWindowsやMicrosoftOfficeが登場して、ニールセンからデータが紙ではなく、デジタルで納品されるようになりました。そうなると、私のブラインドタッチのスキルは不要になりました。わずか数年のマーケティングスキルでした(笑)。
いま振り返ると、あのときのブラインドタッチのスキル習得にかけた努力と時間は一体、何だったんだろうと大笑いしますよね(笑)。
西井 私も自分のキャリアを振り返ると、似たような経験があります。かつては、「作業が速い人が、仕事のできる人」と定義されていた時代がありましたよね。
西口 はい、ありましたね。指にゴムサックを付けて、伝票をめくりながら判子を押して…。経理部の人は、すごく早かったです。当時は、かっこいいと思って見ていましたが、その仕事もなくなりましたね、ほぼ。
私は、このように、時間や身体的な労力がかかったり、また、物理的な移動が必要だったりする作業を「フリクション(摩擦)」と呼んでいます。将来的には、このフリクションは、全てデジタル化されます。
西井 たしかに、私もそう思います。
西口 最終的に、マーケターの仕事はデジタルでは洞察し得ない人の心理や社会との関係性を洞察し、新しい価値を考えたり想像したりすることしか残らなくなっていくでしょう。そして現在仕事であると信じられている作業(=フリクション)がデジタル化されると、作業にお金が払われることはなくなるだろうと思っています。
西井 私も、考える仕事しかなくなるというのは、本当にその通りだと思います。実は、私がつくった会社の社名シンクロの「シンク」は、「think(考える)」からきているんですよ。
マーケターの仕事は、
「考えること」しか残らなくなる
西井 西口さんが言う「考える」ことは、誰しもができていそうに見えて、実は全然できていないのではないかと思っています。マーケターが考えられるようになるために、必要な要素は何だと思いますか。
西口 私は人間の心、本人も気づいていない深層心理のニーズに集中することだと思っています。たとえば、自分ひとりでも、最高の「n1」ですよね。自分が欲しいもの、不快に思ったこと、面倒だな、こんなものがあればいいなと思ったことは、すべてニーズの塊です。
常に自分が快適に、幸せに生きるために必要なものは何かを考えていくんです。お客さまと会うときも、この人をもっとハッピーにするためには何が必要なんだろう、と考える。これも、徐々にAIができるようになるかもしれませんが、そもそものニーズが定義されていないので、アルゴリズム化しにくい領域なので、当面は人間がすることだと思っています。
おそらく、みなさん考えることに時間を使えていないんですよね。先ほど言及した「フリクション(摩擦)」に時間も労力も取られてしまうので、いわゆる作業的な仕事で毎日が終わってしまうのです。
でも、マーケターが本来しなければならないことは、どんなサービスやモノがあったら、より快適で幸せな世界になるのだろうか、新しい代替性のない価値はなんだろう、と常に考えること。そして、それができれば、その実現方法は、そんなに難しくないんですよ。今はいろいろなテクノロジーがあり、いろいろな専門家もいるので、構想力だけあれば、たいていのモノはつくれます。
西井 本当にその通りだと思います。そういう意味では、デジタルの基礎知識を最低限知っているだけで、考えるためのかなりの時間がつくれるのではないかと思います。
西口 そうですね。これは、なぜコラーニングが必要かという話にも通じるのですが、みなさん知らないことが多いから、ムダな作業をたくさんしているわけです。
例えば、会食のスケジュールを組むときも、電話で調整する人もいれば、メールでする人もいる。でも、オンラインのスケジュール管理ツールがあれば、一発でできてしまうわけです。さらに現在では、多くがGoogleカレンダーと連動して共有できるので、もっと便利ですよね。それを知らないと、永遠に電話やメールでスケジューリングしてしまいます。レガシー系のクライアントと仕事すると、次回の面談予定を組むけで、秘書さんが何人も絡んで、メールと電話で何度もやりとりして、何日もかけて決めることは、いまだに多いですね。フリクションそのものと言えます。
これと同じことがあらゆるビジネス場面で起きています。テクノロジーの進化を知り、何を簡素化できるのか、そしてそのうえでお客さまの新しいニーズは何か、どのような喜びや幸せがつくれるのかに集中することが重要だと思います。
マーケターの仕事は、どんなサービスやモノがあったら、
より快適で幸せな世界になるか、常に考えること。
西井 顧客理解についての話も、お聞きしたいですね。西口さんとお話ししていると、企業が主語になることが非常に少なく、お客さまが主語になることが多いと感じています。どうすれば、そんなふうになれるのですか。
西口 失敗の積み重ねしかないですよ。一番ビジネス判断と間違う出発点は、「マス思考」です。複数の個性あるお客さまを名前のない集団と捉えて、ビジネスを行ったときは、大失敗するか、失敗するか、あるいはそこそこの成功しかないんです。
本当にうまくいくケースは、ひとりのお客さまに対して、やるべきことが見えて、それが拡大されたときしかないと思っています。私もコンサルティングをする中でいろいろな話を聞きますが、企業の課題は、全部そこに集約されていると思います。
よくあるのが、新規のお客様どころか、自社のロイヤル顧客さえ理解していないケースです。そもそも、どうやって自社商品に出会ったのか?なぜ自社商品を買ってくれているのか?もしくはなぜ自社サービスを使い続けてくれているのか?理解していないんです。
西井 よくわかります。
西口 私がかつて在籍したP&Gは、お客さまの洞察に関してマニアックなほど徹底している会社でしたが、実はお客さまが離れ、業績が頭打ちになり、株価が半分まで落ちて、敵対的買収を仕掛けられるのではないか、という状態に陥った時期があります。
そのときのP&Gは、グローバル展開のために地域組織とブランド組織をマトリックス形式にして効率化し、どうすれば、それが成立するかばかりを考えて、全てが内向きになってしまっていたんです。
その後、当時のCEOが解任され、新たにA・G・ラフリーさんが着任して「Consumer is Boss(消費者がボスである)」という言葉を掲げました。その言葉を初めて聞いた私は、あまりにも単純すぎて、目が点になり、いよいよ会社が潰れるのではないのかと思ったのですが、全くそうではありませんでした。そこから、全社員が一気にお客さまの話をするようになり、2~3年後には、完全に復活して強い会社になっていました。
結局のところ、ビジネスはひとりのお客さまをどれだけ理解しているかに尽きます。巨大な企業でも小さな企業でも、それは一緒だと思います。
西井 本当にそうですね。変な話、D2Cのようにお客さまと直接つながっている、いわゆるメーカー通販ですら、実は自社のロイヤル顧客を理解できていなかったりします。
いわゆるデモグラフィックな面しか把握しておらず、なぜロイヤル化できているのかを説明できないんです。せっかくお客さまと直接つながれる時代なのに、実際に会って話をしたこともなければ、勝手にペルソナをつくって満足していたりして、すごくもったいないと思うんです。
さきほど西口さんから「n1」が大切だというお話がありましたが、たとえば、ペルソナをつくるにしても、多くの企業が自分たちにとって都合のいいお客さま像をつくってしまい、実際はそんな人はいないよ、ということがよく起きています。
西口 はい、私の本にも書きましたが、これまで多くの企業で見てきたペルソナは、ほとんどが使えないものでした。
そうしたペルソナをつくるためのブレインストーミングに参加したことがありますが…、世田谷区在住、年収800万、妻がいて子ども2人、価値観がどうのこうのって、そんな人いませんよって(笑)。
西井 いないですよね。一方で、私がよくやるのは、自分の奥さんをペルソナにして、この人に買ってもらう、あるいは買いたいと思ってもらうためには、どうしたらいいだろうか、と考えることです。自分や身近な人に置き換えて考えるほうが、本当は良いんですよね。
もうひとつ、先ほどの西口さんのお話の中で「商品をつくるためのテクノロジーがたくさん出てきている」という話がありましたが、本当にその通りですよね。例えば、化粧品でもOEMの会社がすごく増えているので、実は商品をつくること自体のハードルは、かなり下がっています。
それにも関わらず、企業はいつまでも「つくること」に自分たちの差別化要素があると思い込んでしまいがちです。今後、車や家電の技術もどんどんオープンになり、何でもつくれるような状態になったとき、まさにマーケティングが必要になると思っています。
ビジネスは「ひとりのお客さま」を
どれだけ理解しているかに尽きる
※この章の対談内容は、こちらの記事をお読みください。
「ビジネスで勝つには、全社員のデジタル学習が不可欠」西口一希氏がコラーニングに参画した理由
ビジネスの成功には、
デジタル世界の常識を理解することが不可欠である
西口 一希(にしぐち かずき)
Strategy Partners 代表取締役 兼 M-Force 共同創業者
1990年大阪大学経済学部卒業後、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&G)マーケティング本部に入社。ブランドマネージャー、マーケティングディレクターとして、「パンパース」「パンテーン」「プリングルズ」「ヴィダルサスーン」などのブランド担当。2006年ロート製薬に入社。執行役員マーケティング本部長として「肌ラボ」「Obagi」「デオウ」「ロート目薬」などの60以上のブランドを統括。2015年ロクシタンジャポン代表取締役、メルヴィータジャポンにて代表取締役社長。アジア人初のグローバル エグゼクティブ コミッティメンバーを経て、ロクシタン外部取締役戦略顧問。スマートニュース執行役員マーケティング担当(日本・米国)を経て、M-Forceを創業。Strategy Partners代表取締役社長。
著書に、『アフターコロナのマーケティング戦略 最重要ポイント40』(足立光氏との共著・2020年ダイヤモンド社)、『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』(2019年 翔泳社)がある。
西井 敏恭(にしい としやす)
株式会社コラーニング 取締役CMO
株式会社シンクロ代表取締役社長、オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員 CMT、GROOVE X株式会社 CMO、鎌倉インターナショナルFC 取締役CDO
1975年5月福井県生まれ。金沢大学大学院卒業。
2001年から世界一周の旅に出る。帰国後、旅の本を出版し、ECの世界へ。
2014年に二度目の世界一周の旅をしたのち、シンクロを設立。大手通販・スタートアップなど多くの企業のマーケティング支援やデジタル事業の協業・推進を行う。
著書に、『デジタルマーケティングで売上の壁を超える方法』(2017年翔泳社)、『サブスクリプションで売上の壁を超える方法』(2020年翔泳社)、『マンガでわかるデジタルマーケティング』(2020年 池田書店)がある。